合唱 春(はる)【独唱】
この気もちはなんだろう
この気もちはなんだろう
FA〇ZAで衝動買いした音声作品が
3日後に10円セールで投げ売りされていた時____
目に見えない エネルギーの流れが
大地から あしのうらを伝わって
この気もちはなんだろう
この気もちはなんだろう
作品タイトルにマゾ向けとあるのに
track5から攻守が逆転している____
ぼくの 腹へ 胸へ そうして
のどへ こえにならない さけびとなって
こみあげる
この気もちはなんだろう
惹かれるサムネの音声作品の
CV欄は秋野かえで、柚木つばめ、餅梨あむ____
枝の先のふくらんだ 新芽が
心を つつく
よろこびだ しかしかなしみでもある
いらだちだ しかもやすらぎがある
あこがれだ そしていかりが かくれている
心のダムに せきとめられ
よどみ 渦まき せめぎあい
いま あふれようとする
この気持ちはなんだろう
この気持ちはなんだろう
DLsiteとFAN〇A、どちらで買ったかを忘れ
いちいち両サイトの購入履歴を遡る____
だいたい、先に探した方と逆のサイトで買っている____
あの空の あの青に 手をひたしたい
まだあったことのない すべての人と
会ってみたい 話してみたい
あしたとあさってが 一度にくるといい
ぼくはもどかしい
地平線のかなたへと 歩き続けたい
そのくせ この草の上で じっとしていたい
声にならない さけびとなって こみあげる
本当に偶然出会った作品が、
自分の好きな声優さんで
サムネもシチュエーションも
冗談みたいに性癖に刺さって
即購入して
神シナリオで
鬼リピートして
「あぁ、いい作品だったなぁ」
と浸っている時________
この気もちはなんだろう
芹沢あさひ「なんなんすかね」
サンボマスター「世界はそれを賢者タイムと呼ぶんだぜ」
前世は猫「そうなんだ」
ところでDLsiteのUIって見にくくないすか?
【さんぽ神】異教徒見聞録【in桃山御陵前】
お久ぶりです、前世は猫です。
最終更新日が2023年10月4日、ということで。
ブログを描くのは実に1年半ぶりになります。
さて1.5年も経てば、人間なにかしら変化してくるものです。
趣味であったり、生活であったり。あるいは内面であったり。
どんな小さなことでも、1年続ければ人生変わる、とかも言いますよね。
かくいう私は
彼女ができて、そしていなくなりました。
(乾いた風のSE)
……。
早速本題に入りたいと思うのです(血涙)
1.5年もほったらかしにして、何を今更、何食わぬ顔で、何ゆえに、再開しようとしているのか?
1.5年放置って、もうトップページの隅とかカビ生えてるんじゃないですかね。
※実際、パスワードが思い出せずログインに30分くらいかかった……(怒)
で、その理由というのが、最近、入信したんですヨ。
……。
安心してください、怪しい宗教ではございません。
まぁ神様は神様なんですけどネ。

ドロッセルマイヤーさんの「さんぽ神」(アプリ版)
タップすると、アプリ側が数ある事例の中からランダムで
「どこで」と「なにをする」を選出してくれます。
これをさんぽ神の”神のおつげ”とし、我々はそれを遂行すべく動き出さねばなりません。
アプリ版とあるように、元々は紙媒体で発売されたもので、確か1200円程度だったと思います。
私は徒歩で奈良→京都チャレンジするくらい歩くのが好きな変人なので、前々から興味はあったのですが、なかなか巡り合えず……。
と思っていたら、このアプリ版、なんとお値段330円。
や、安すぎるぅ……
※プロモーションではないです。
こんなん買うしかないでしょうが……(AppleStore決済完了の音)
そして、買ったからにはさんぽするしかないでしょうがぁ……!!
どうせ散歩するなら、ブログにしてまとめよう、そういうことです。
では。
レッツゴー(イケボ)
・本日のお告げ
ハッ……!!
聞こえる……、お告げが……!
神のおつげが……!!
おお神よ、あなたはなんとーーー
神「かっこいい地名のところで、定食を食べよう」
はーーい。

ということで来ました、桃山御陵前ェ!!
完全に語感です。
スタートは近鉄奈良駅で、地図見てティンと来たここに決めました。
あのね。
神のおつげに対する態度なんて、これくらい適当でいいんです(問題のあるとされる発言)

駅から降りると、さっそく商店街が待ち構えていました。
大手筋の文字の上には、謎の属性表示。
炎属性、草属性、鳥属性。
この場合炎が相性最強な気がするのですが、大丈夫なんでしょうか。
定食目指して、ひたすら練り歩きます。
桃山御陵前は、京都府伏見区のだいたい真ん中に位置している都市で、その可愛らしさと剛健さを兼ね備えた名前は、まさにセンターアイドルにふさわしい。
ちなみに桃山御陵には明治天皇が葬られています。
いざ散歩👣
伏見区のセンターなだけあって、やはりお酒の主張がすさまじかったです。
すさまじかったです()
とにかくお酒、とくに日本酒を取り扱ったお店の多いコト多いコト。

日本史選択だった方はご存じだとは思いますが、伏見は酒造で有名なんですよね。
文禄三年、豊臣秀吉が伏見城建築の資材を運搬するために、宇治川の流路改修を行いました。
それによってできたのが濠川(ごうかわ)であり、これは現在もその姿を残しています。


キレイっすね。

良質な地下水に恵まれていたこともあり、伏水(ふしみ)と呼ばれていたこともあったとか。
富士山の湧き水から作った牧野酒造も美味と聞きますし、お酒と水はまさに蜜月の間柄……。

お酒に負けじと目に入ってきたのが、まさかの坂本竜馬。
銅像やら竜馬通りなんかあったりして、まさに顔といった扱い。


パネルには、”全国でもめずらしい、人名が名前になっている商店街です”とありますが……、
龍馬と竜馬の表記ゆれが気になりすぎてそれどころじゃない!!
どうなんでしょう、これワザとなんですかね……?
リスペクト的な?

道中発見した、関西おなじみ万博に寄生された商品です。
関西にいてコイツを見ない日はありません。
「関西でしか買えへんで!」←1うさんくせぇ~……
「ごっつデリシャスやで!」←2うさんくせぇ~……
「ごっつ」と「デリシャス」が並んでる字面、今は無きライダー冬映画の今作と前作の主人公の絡みみたいな異質さありますね……(わかれ)

陰謀のにおいがするので、購入。
普通においしい……悔しい(?)。
桃の甘さとゼロ特有のあの鼻に抜ける感じがミックスして、数年前に発売したバニラ味を想起させるテイストでした。
Today’s Hikakin's Point 98点です。

さて、問題の定食なのですが……

私がバカすぎてフツーにカレー食っちまいました。
桃山御陵前が楽しすぎて、定食のことすっかり忘れてました。
第一回から神のおつげを無視するとは、
私ってもしかして異教徒なのでしょうか。
きっとそうに違いない(ただのバカ)
ということで、久々のブログは、さんぽ神のまとめでした。
多分不定期開催なので、その都度またブログ書けたらなと思っています。
知らない街歩くのっておもしろーーーーい
では。
アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー!!!
(地獄で会おうぜ、ベイビー)
寒すぎ・鹿忘れ物多すぎ
さみぃ~
どれくらい寒いかというとクソ寒い。
秋ですねぇ。
アパートの前にある自販機に、HOTの缶が色々追加されてました。
こういうのを見ると、季節が変わってきたなぁと感じるよね~。
今年も残すところ残り3カ月。
元気に頑張りたいですねぇ。
「いい意味で」とかいう、前置き界隈のゴミ。
なんどか耳にしたことはあると思いますが。
「いい意味で」……コイツの凶悪さに気づいている人が果たしてどれだけいるのだろうか。
「○○くんって、いい意味で変わってるよね」
「○○ちゃんて、いい意味で女の子っぽくないよね」
一見すると普通のセリフ。
本来あまり良く捉えられない言葉を、あたかも良いという風にすり替えてしまう悪魔のごとき所業。
比喩でもなく、真っ向から堂々と悪口を突き飛ばすことができる日常の裏技。
究極の免罪符。
言うならば、麻酔をした相手に、包丁でグサリ・・・。
恐ろしいったらありゃしない
「○○、いい意味でかわいくないよねぇ(笑)」
「君、いい意味で仕事向いてないよ」
「お前ってホントクズでうるさくて臭いな!あ、いい意味でな!!いい意味で!!(笑)」
うわあああああああああああああ!!!!!!
なんなんだこの地獄は。
こんなことが許されて良いのか、良いわけがない。
最悪だ。
理由はどうあれ、本人に直接罵詈雑言など浴びせてはならないのだ……
多分、何とか罪でつかまるし……
というわけで、秋の訪れを(ようやく)感じた今日この頃でした。
僕の住んでる奈良は、この時期は修学旅行生がとても多い。
観光客が増えると、つられて鹿も賑やかになっていい感じです。
ただ、鹿が増えるということは鹿のふんも増えるんですよねぇーーー
奈良って観光名所なのに、いざ歩くとうんこだらけ。
綺麗な紅葉が咲いていても、道はくっせぇんですわ。
え?
あぁ、もちろん、いい意味で。
ウサギちゃん「このクズ野郎」
ハロー、人類。
現在夜の11時だが、私がハローだと思えばハローだ。
要は気持ちの問題だ、何事も。
さっそく行こう。
・前回に関すること
また出会ったのよ、かざして流すトイレに。
なんだか増えてきているような気がするんだけれど、気のせいだろうか。
気のせいであってほしい。
なるほど、
今回のトイレの製造元はネオレストという会社らしい。
ちょっとかっこいいじゃん。
ネオレスト、良いね。
訳すと、新たなる休息。
スターウォーズの新作か何かか?
「バーカ、そういう時に引き合いに出すのは普通ハリーポッターだろ!」
黙れよゴミ野郎。
ご長寿シリーズなら何でもいいだろうがこういうのは。
さて本題。
皆さんはクソをまき散らしながら歩いたことはあるだろうか。
あれ、これ台本間違ってるか?
唐突に何を聞いてるんだ?
……
あ、これであってるんだ。
そう……
皆さんはクソをまき散らしながら歩いたことはあるだろうか。
あるわけねーよアホというのが正直なところだろう。
私も勿論あるわけないです。
というか、この質問自体、ノーと答えられることを前提に用意している。
こんなことしたら、確実に豚箱行きだ。
しかし、なぜ豚箱行きになるのだろう。
我々の日常とは、様々な欲求との闘いとも言い換えられる。
三大欲求に代表される生理的欲求、
あれに乗りたい
あれが欲しい
エトセトラ。
であれば、「クソをまき散らしながら歩きたい」という欲求だって浮かぶことだろう。
……
浮かぶこととする。
だがさっきも言ったが、そんなことをしたら即お縄だ。
通報され、警官に取り押さえられ、
「このクズのヘンタイ、おとなしくしろっ!」
「違うんです!僕は正常なんです!突然クソをまき散らしながら歩きたいという欲望に襲われただけなんですぅぅぅ!!!!」
「黙れゴミクズ精子、詳しい話は署で聞かせてもらう。……聞きたくもないがな!」
あばよ、シャバよ。
こうなってしまえば、少なくとも五年は刑務所生活。
見事、新聞の一面を飾ってしまうことになる。(良かったじゃん)
警察密着24時のレポーターが取材していたらもっと最悪だ。
同じ欲求のはずなのに、どうしてこうも異なるのか。
飯を食うのは良くて、クソを散らすのはダメ。
後者は迷惑だからだろ、とか言われるかもしれないけど、
多分それはカンケーない。
人だかりの全員、
強いては警察のお兄さんの全員が
「なんて美しいクソのまき散らしなんだ」
と感動していても、同じく男は現行犯逮捕豚箱直行便。
つーか、飯食ってて迷惑な奴もいんじゃん。
やはり、社会、ルールという不変のモノの仕業か。
迷惑云々の前に、クソをまき散らしながら歩いてはいけないというルールがあるのだ(そんなピンポイントじゃないと思うけど)
良し悪しではなく、ルールだからだ。
もし明日岸田総理が
「えー、日本人は原則クソをまき散らしながら歩かなければ死刑にしようかなとか考えております。検討中です。」
とかなんとかほざいたら、君たちはケツを引き締める必要がある。
だって、それがルールだ。
さっき通報した女性も、罵倒した警官も、
みなさん仲良くクソをまき散らしながら歩かないと、犯罪になるのだ。
「このクズのヘンタイ!おとなしくしろ!」
「違うんです、僕は正常なんです!!だってクソをまき散らしながら歩くなんておかしいでしょ!?」
「黙れゴミ野郎、詳しい話は署で聞いてやる!ほらっ、きびきび歩け!クソをまき散らしながらだぞ」
あーーーーー
自分でも何書いてんのって感じだ。
びっくりするほどディストピアだ。
まぁでも、そういうことだ。
刑務所の連中と私たちを分けているのはたかがルールであって、
もしそれが逆転しようものなら、
我々が犯罪者で、彼らが普通の人間ということになってしまう。
それほど曖昧模糊なものに、私たちはすべてを委ねている、
委ねざるを得なくなっている。
もっと言えば、国同士でもルールは違う。
本当に、気を付ける必要がある。
ところで、日本のルールでは今年はウサギ年ですが、
ベトナムではネコ年だそうです。
いいなぁぁぁぁぁネコ年……
くそったれ未来(つーか現代)
0が過去で、1が未来
これ。
かのアーティスト、いとうかなこ氏の「スカイクラッドの観測者」という曲のワンフレーズである。
過去、現在、未来とはさも三兄弟のように扱われるが、
現在とは刹那であり、我々が人間である以上は観測できない、ということを数字を用いて表している。
なかなかウィットな歌詞だ。
しかし時に、”現在”を体感できる瞬間がある。
例えば。
朝起きて時計を見ると、どうやらまだ寝ていても大丈夫そうだ。
まどろみ冷めやらぬまま、二度寝する。
そこで、何らかの壮大な夢を見る。
体感……それこそ一時間くらいの長さの夢、ってことにしようか。
目が覚め「ヤバっ」と時計をみると、
あらら、現実世界では5分しか経っていないようである。
よかったー。
ってやつ。
経験あるだろうか。
私はショッチュウあります。
つまり何が言いたいかと言うと。
”意識”がある以上、今を観測できない。
逆に
”意識”が曖昧な時、今を観測できる
ということなんだね。
ゾーンに入ったスポーツ選手とかも、同じような原理なんだね。
そんな話はさておき。
私は悲しい!!!!!
という話しをしよう。
と。
思う。
…………。
私が生きている今、すなわち「現代」、だね。
はたしてこれが、過去の私が思い描いていたものなのか、って話しなワケ。
これは私が先月福岡の某デパートで体験した話なのだけれど、
ガンダムブースに行こうと、普通にエレベーターに乗るわけだ。
そこで気づく。
「行きたい階のボタンに手をかざしてください」
こう書いてある。
まことに驚きだよね。
私「行きたい階のボタンに手をかざしてくださいって……それはつまり、行きたい階のボタンに手をかざしてくださいってことですか!?」
いやはやハイテクな時代になったもんだと思うわけだけど、
何か物足りなさがある。
普段のエレベーターの、こう、ボタンを押したときの心地よさ、というか……。
カチ、と押して
カチ、と押して
ウィーン、と閉じる。
ポーン、二階です。
それがどうか。
スッ、とかざして
スッ、とかざして
ウィーン、と閉じる。
ポーン、二階です。
これが全然ちがうのよ。
正直、エレベーターに限った話じゃない。
スマホのフリック操作だって、あんまり好きではないのだ。
ガラケーのあのボタンを押してる感触。
パタン、と子気味良い音を立て畳むあのアクション。
最高だ。
同時に恋しい。
あぁ、恋しい。
本当はもっとボタン、レバー、キー、ハンドルに囲まれた暮らしがしたいのだ。
ガチャガチャと動かして、出撃したいのである。
そんな未来を思い描いていたのに、
実際の現実というやつは……
携帯→タッチパネル!
レジ→全自動!
キーボード→フリックアクション!
車のカギ→全自動!
エトセトラ→エトセトラ!
エトセトラ……
……バカヤロー!!
メカ好きの宿命か否か、非接触とは相容れないようだ。
こんな未来望んじゃいねー!
釘でも食っとけ
食事とは五感全てを使って行うものだと思う。
そう思う。
いや味覚だけだろ、と突っ込みが入るかもしれないが、私の考えとしては
味覚は当然の要素、”前提条件”だろうが……!!
こんな感じだ。
ま具体的に説明すると冷めてしまうので感覚で聞いてほしい。
まず視覚。
これは多くの人が理解できるのではないだろうか。
見た目というのは、思っている以上に重要なファクターだ。
カレー味のうんこも、
虫の形をしたスイーツも、
味はおいしいと分かっていてもパクパクと行けたもんじゃない。
どこか、ブレーキがかかる。
彩という観点で言えば、料理の上にパセリが添えられていることもあるだろう。
刺身は見栄えのために、グラデーション且つ立体的に盛り付けられていることもあるだろう。
盛り付け次第で、箸の進みも変わるのだ。
嗅覚は言わずもがなだ。
鼻という機関は、舌と密接な関係にある。
ふと部屋を出た時に気づくカレーのにおい。
ラーメン屋を横切った時に鼻を抜ける、濃厚な豚骨の香り。
「食べてぇなー」
と思わせることは、食事において大変に素晴らしい。
食べる前から攻撃は開始されている、
さしずめ香りとは先行パンチのようなものだ。
触覚も、少なからず納得する人はいるだろう。
食レポなんかを見ていると、触感を伝えようとする芸能人は多い。
もちもち、ぷにぷに、カリカリ、ほくほく、etc……
やはり、味だけではないことが分かる。
最後に聴覚。
これが一番意味が分からないと思われるが……どうだろう。
これは周りの音だったり空気感が食事に影響するということ。
言い換えれば、”食事の環境”だ。
聴覚に関しては本当に個人差だと思うが、私は結構騒がしい方が箸が進む。
焼肉屋とか居酒屋とか、それこそ学校の給食みたいな感じだ。
ガヤガヤとした空気の中、なんというか、そう、溶け込んだ感じだ。
これはそれなりに楽しい。
逆に、一人寂しく食べる食事はあまり箸が進まない。
虚無だ。
心ここにあらず。
うるさくてもアレだが、多少の雑音は必要なのだ。
……。
まぁ偉そうにベラベラと語ったが、別に私は舌の肥えた美食家でも何でもない。
そこら辺にいる大学生である。
というか、そもそも私自身「舌の肥えた」という表現が苦手だ。
てか、嫌いだ。
自分を美食家だのなんだの豪語する人間に、ろくなヤツなどいないからだ。
だってそうだろ。
他人が丹精込めて作った料理にケチをつけるのが趣味な奴らだ。
ろくでもないに決まっている。
確かに”良し悪し”というのはある。
私だって、真っ黒に焦げた餃子は正直食いたかない。
そこは、しっかりと線引きをすべきであろう。
だが奴らは”良い”にすら難癖をつけるではないか。
もうね、バカかと。
金があるからってお高く止まりやがって。
まずお前ら誰だよ。
やれ「味付けがなってない」だの
やれ「私の舌は誤魔化せないぞ」だの
”良い”なら”良い”だろ!”良い”んだから!
マジで。
さて、冒頭で五感がどうだの書いておりましたが皆さん
たとえ大金持ちになったとしても、コンビニ弁当で喜んでいた時のあの日の気持ちを忘れないでください。
ハーゲンダッツだけじゃなくて、たまにはクーリッシュも食べてください。
この世のものは大抵うまくておいしいです。
中秋のめいげつん
便座を冷たいと感じる季節になりましたね。
違うな。
パンツ一丁が寒いと感じる季節になりましたね。
……違う。
エアコンが無くても過ごしやすい季節になりましたね。
これだ。
まぁ、なんでもいいのだが。
最近、露骨に秋の訪れを感じるという話しです。
季節の変わり目とは、感覚的に分かるものではない。
日々の生活で
「お、秋だな」
と感じる瞬間の連続。
つまり、”気づき”の連続。
季節とは、私たちの気づきによって形を帯びていく。
その一つが台風。
仲秋の季語でもある台風は、秋の訪れを伝えてくれる存在の一つ。
現実、台風が過ぎ去った今は少々肌寒い。
「とうとう秋が来たか」
ほとんどの人が感じているはず。
受験期の頃は、台風は進路が決まっていていいよな、とよく呟いていたものだが……
これは、ザ勘違い。
台風は進路を自分で決めている。
台風が進んだルートが進路となるのだ。
結局のところは、台風も私たちも何も変わらないのである。
裏を返せば、私たちは台風、ということ。
ウィーアータイフーン。
2022年後半も気張っていきましょう。
さて。
秋の話題続きで大変申し訳が無いが。
綺麗でしたね、という話しだ。
やれ狼男だの、
やれ月が人を狂わせるだの、
暗い話が積る満月ではあるが
やはり。
やはり綺麗。
この一言に尽きる。
だが忘れていはいけない。
月は、地球から眺めるからこそ美しいのだと
分かるだろうか。
パパお月様とって、という絵本がある。
とある少女が月が綺麗なあまり欲しくなり、パパに頼むという話しだ。
考えてもみてほしい。
月なんて手に入れて、どうする?
月に住みたいだの言ってるやつ、住んでどうする?
月なんて所詮、クレーターだらけの衛星。
究極、岩の塊だ。
そこを開拓しようものなら、月ですらなくなってしまう。
綺麗だなーと眺めているうちが、一番綺麗なのだ。
(私が今とてつもない野暮なことをほざいているのは百も承知であるが、口が勝手に動くのだからしょうがない。いやこの場合、指。)
これが資本社会に潜む危ういシステム。
欲しかった服。
可愛かったあの子。
いざ手に入ったら、そこで終い。
何故なら、私たちが満たしたいのは
「その物の本質」
ではなく
「手に入れたい」
という欲望だからだ。
ほとんどの場合は。
欲望とは、遠ければ遠いほど輝きを増す。
しかし反対に、手に入るのは一瞬。
この時間差は、後悔という形で染み出てくることだろう。
じっくりと考えることを怠ってはいけないのです。
くれぐれも。
……
過去の私「それができたら苦労しねぇよ」
私「ひいん」